急に秋がやってきて、暦の上では一昨日の立冬から既に冬になっている。久し振りに野川に出る。記録を見ると前回来たのは10月31日。実に10日ぶりの歩行だ。この時は確か午前中に散歩し、綺麗な空気の中で気持ちよく、これからは午前の散歩にしようと、心した筈だが、結局なにもせずに10日間が過ぎてしまった。最低でも1週間に1度は歩かなければならないが、それすらも中々守れない。
健康と金儲けとのバーターだ。毎日パソコンに向かって株式とFXの取引をしているが、幾ばくかの収入と引き換えに、日々健康を害して行く。10日前に心したように、パソコンに向かうのを止めて、毎日朝の散歩の励めば、健康を取り戻すことも出来るかも知れない。しかしこれは病気で、もう何十年も毎日やってきたことで、簡単には止められない。
野川植物園。秋が深まりつつあるが、紅葉はまだ全く見られない。今年は残暑が長く続き、紅葉も遅れているのか。来週後半には佐渡に行くが、ひょっとして佐渡では紅葉の見ごろになっているかも知れない。いずれにしても酒好きで愉快な仲間だ。良い旅行になりそうだ。
さて、今日の書評。先ずはエマヌエル・トッドの文明論。トッドによれば社会を動かす意識は、政治経済は50年、教育は500年、家族制度は5000年のスパンで人間の意識に影響を与えるという。宗教はユダヤ教は2800年、キリスト教は2000年、イスラム教は1400年の単位で影響を与え続けて来た。
しかしここへ来て、宗教の機能変化が顕著で、18世紀の啓蒙主義以降、宗教抜きで人間が生きられるとする世俗化現象が急速に進み、今世紀に入って信仰は更に希薄になり、ゾンビ的な存在になってきた。従って、宗教から受け継いだ慣習も価値観もやがては衰え、最後は消滅する、とする。
宗教ゼロの状態で国民国家が解体され、グローバルが勝利し、個人が全てであるとする人間観は新自由主義であり、ニヒリズムと相性が良い。この様な国際情勢の中でアメリカとウクライナはロシアに負け、世界の脱ドル化、ドルによる貿易の終焉、行きつくところは、大いなる貧困だ。
次はローレンス・リースの「ヒトラーとスターリン」。二人の独裁者の比較研究である。ヒトラーはカリスマ的指導者で、大集会で伝道師のようなオーラを放つ。「聴衆の胸の内を見透かす才能」があり、ヒトラー神話とは、彼を信奉する人々が作り上げたもの、と断じている。
一方のスターリンは大集会で大衆にアピールする才能も無かったし、その必要もなかった。彼は共産党の中枢機関で、陰で人を繰り、恐怖心を植え付けた。二人は残忍な性格で、ヒトラーのユダヤ人の大量虐殺、スターリンのウクライナ人の餓死、30年代の大粛清、等々の民族浄化。
二人の独裁者は方法は異なるが、自信を絶対化させ、他者に対して容赦はない。ヒトラーの「聴衆の胸の内を見透かす才能」はトランプも同様に持っているだろう。あのMAGAの熱狂を見ていると、ヒトラーと二重写しに見えて来る。