ザガインヒルの麓で昼食後、エーヤワデー川に架かるインワ大橋を渡る。
かなり頑丈な鉄橋だ。相当な洪水にも耐えられるだろう。
橋の真ん中には鉄道の線路が通っている。
エーヤワデー川河岸にやってきた。
車を降りると近所の子供が大勢やってきた。
手に手に土産品を持って、渡船乗り場まで付いてくる。
マンダレー郊外にあるザガインヒルの麓のレストランで運転手のMynt氏と昼食を食べた後、これからこの国を南北に縦断する大河、エーヤワデー川を渡り、対岸の遺跡に行くことになる。ミャンマー語では「エーヤワデー」と呼んでいるが、英語流に言うと「イラワジ川」。日本人にはこの名称の方が慣れ親しんでいるが、こうした過去の英語表現はすべて自国の名称に変更されている。これからその川に架かる鉄橋を渡るのだ。
オンボロのニッサンだが、エンジンだけはしっかりしている。それ程上等な舗装とは言えない田舎道を、ポコポコ飛び跳ねるようにしてスピードを上げて走り抜けて行く。間もなくその大河に架かる長大橋・インワの大橋を渡る。いつ作られた橋か分からないが、この橋の真ん中には鉄道の線路が通っている。イギリス的な発想だから、植民地時代の遺物かも知れない。
レストランから20分も走らない内に、河岸の集落に着く。これから渡船に乗ってエーヤワデーを横切って対岸に渡るのだが、車から降りた途端、小さな子供達が5-6人集まってきて、手に手に小さな土産物をぶら下げ、Please,Pleaseと大声を出して付いてくる。渡船乗り場までの約200m程のあぜ道をボートに乗るまで追いかけてくる。こんな小さな子供でも英語を達者に使う。可哀そうになり、今はこれから観光に行くが、帰りに又戻って来た時に買ってやる、と安心させてボートに乗り込んだ。
エーヤワデーは、ミャンマー人が誇りに思うのが当然と思えるほどの大河だ。しかも水量が豊富で、滔々と流れている。かなり早い水流を横切って、対岸に渡る。勿論この川には日本にあるような大きな堤防も無いし、渡船乗り場も泥炭で作られたようなもので、洪水などの時には直ぐにも水没するだろう。
アジアの大河、メコンは、あちこちで乗り入れた。タイ、カンボジア、ラオス。それぞれの場所で、大メコンをクルーズした思い出があるが、このマンダレー郊外のエーヤワデー川の横断も思い出に残るだろう。
オンボロのニッサンだが、エンジンだけはしっかりしている。それ程上等な舗装とは言えない田舎道を、ポコポコ飛び跳ねるようにしてスピードを上げて走り抜けて行く。間もなくその大河に架かる長大橋・インワの大橋を渡る。いつ作られた橋か分からないが、この橋の真ん中には鉄道の線路が通っている。イギリス的な発想だから、植民地時代の遺物かも知れない。
レストランから20分も走らない内に、河岸の集落に着く。これから渡船に乗ってエーヤワデーを横切って対岸に渡るのだが、車から降りた途端、小さな子供達が5-6人集まってきて、手に手に小さな土産物をぶら下げ、Please,Pleaseと大声を出して付いてくる。渡船乗り場までの約200m程のあぜ道をボートに乗るまで追いかけてくる。こんな小さな子供でも英語を達者に使う。可哀そうになり、今はこれから観光に行くが、帰りに又戻って来た時に買ってやる、と安心させてボートに乗り込んだ。
エーヤワデーは、ミャンマー人が誇りに思うのが当然と思えるほどの大河だ。しかも水量が豊富で、滔々と流れている。かなり早い水流を横切って、対岸に渡る。勿論この川には日本にあるような大きな堤防も無いし、渡船乗り場も泥炭で作られたようなもので、洪水などの時には直ぐにも水没するだろう。
アジアの大河、メコンは、あちこちで乗り入れた。タイ、カンボジア、ラオス。それぞれの場所で、大メコンをクルーズした思い出があるが、このマンダレー郊外のエーヤワデー川の横断も思い出に残るだろう。
近くに橋がないので、バイクなども載せている。
エーヤワデーも又実に雄大な川だ。
河岸に見える仏教寺院。
乗船5-6分で対岸に着く。
対岸は馬車に乗る観光客を待って、大勢の地元民が客引きをしている。
ここは馬車に乗らないと観光できないようだ。