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酔芙蓉に彩られた本山寺五重塔を後に、次の霊場弥谷寺に向かう。
香川西部の町村は三豊、宅間、観音寺、善通寺等々、入り組んでいて、これから宅間を通って、次の霊場に向かう。
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駐車場から数十m登った先に遍路道があり、標識も出ている。
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この寺は弥谷山の中腹にあるが、この山は戦国時代以前から山頂には山城があって、天霧城と呼ばれていた。
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東京人の自分から見たら季節外れと思えるような11月の酔芙蓉に縁どられた本山寺五重塔を後に、次の霊場弥谷寺へ向かう。町中の平地にある霊場から今度は深い山中の霊場だ。標高382mの弥谷山の中腹にあるこの寺は、寺の案内によれば弥谷は山全体が霊山信仰の場であり、日本三大霊場の一つと言われる。他の二つは青森下北半島にある恐山と大分臼杵摩崖仏。この二つは過去既に訪問している。恐山は確かに異様な感じだった。寺の前の緑色をした宇曽利湖と、風もないのにカラカラ回る風車、湯気の立つ三途の川。長居は無用の感じだった。大分摩崖仏は人里離れた林の中にあって、断崖に刻まれた数々の仏像。自分一人ではどこかに連れて行かれそうな淋しさもあり、人知れぬ危険感もあって、早々と退散した。霊場にはどこかしら霊気が漂っているのだろう。
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本山寺からは一旦宅間の町中に入り、その後、山間に入っていく。宅間は宅間高専で有名な町だが、今は合併し三豊市の一部になっている。全国高専のロボット大会などでいつも好成績を上げているが、以前は宅間の名前しか知らなかったが、今こいうしてドライブしていると、ここは香川の西の端、直ぐ隣が愛媛の川之江で、新居浜等の工業地帯がある。ああ、これは沼津と同じだ。沼津は嘗ては東海道線の御殿場経由の西の端。工業都市であって、そこには沼津高専が設立された。道路の看板を見て、今宅間の町を横切っていると思うと、何か親近感を覚えた。
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宅間の町を通り過ぎ、少し山間に入った場所に弥谷寺駐車場はあった。後で気が付いたのだが観光用のマイクロバスとか、お寺の関係者はこの先から更に大師堂の直下まで車で行けるのだが、その道路はバーが下りていて一般車両は通行止めになっていいて、一般の参詣者はここに車を止めて、これから長い参道を登って行かなければならない。車を降りて数十m登った先に江戸時代から続いている遍路道があり、そこには道標があって、右、曼荼羅寺、出釈迦寺3.8キロ、左本堂530mと案内されていた。そこから100m程登った先に山門があり、そこまでの参道、それから更にその先の大師堂までの参道は深い木立の中にあって、光も差し込まず、一人参道を歩いていると、霊山、何か霊気が漂っている感を強くした。
鬱蒼とした木立の中、大師堂に向かう。
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駐車場から凡そ300m、山門に着く。
如何にも山中のお寺の仁王像だ。
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ここの仁王像も迫力がある。
大師堂直下に大きな観音像が参詣者を見下ろしていた。
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