ちゃおチャオブログ

日々の連続

西国観音まほろば奈良の巡礼記(14)長谷の観音にお参りし、下山する。

  • 開山堂へ行く途中にも沢山の紫陽花が咲いている。

緩い坂を下って、本堂を見上げる。

 

  • 若い女性がグループでいたが、台湾からの観光客だ。

長谷の観音というと、東京方面の人に取っては鎌倉の長谷観音が身近な存在で、1度や2度、お参りに行ったこともあるかも知れない。この寺も奈良の長谷寺と同じ徳道上人の開山で、同じく巨大な十一面観音菩薩をご本尊としている。場所は鎌倉大仏の直ぐ近くの高台にあり、奈良程の髙い台地ではないが、直ぐ下の鎌倉の街並み、相模の海も一望にできる。この寺は何故か真言宗ではなく、江戸時代に浄土宗のお寺となった。宗派は異なっていても、同じ観音を祀るお寺として、この寺は坂東三十三観音霊場となっている。以前一度参詣に行ったが、坂を登ってお寺に着き、本堂に安置されていた観音像を見た時、その大きさには驚いた。大きさは奈良の観音とほぼ同じである。

「足元にも及ばない」との表現が妥当かどうかは知らないが、ここ奈良の桜井の長谷の観音の巨大な立像は、足元の足指も足の甲も巨大だ。大きな足を見ることによって、自分自身の卑小さを感ずるかどいうかは別にして、タイのバンコクに安置されている金銅の寝釈迦佛の巨大な足を思った。前回の西国観音霊場巡礼の際にお参りした粉河寺にも大きな仏足が奉納されていた。仏と人の足の関係は自分には理解できないが、お釈迦さんは亡くなるその時まで行脚を続けた。ブッダガヤの近くのスジャータ村の先の小山の洞窟で、何年も修行を続け、足も萎えたと思うが、その後各地の行脚を始め、脚力が鍛えられたのか・・。自分も今西国観音を巡礼し、今日もこの500段近くの登楼も登って来た。巡礼をする内に足も鍛えられると良いのだが・・。

本堂を出て、再び登楼の石段を下り降りるのは膝への負担が大変と思ったが、その登楼とは反対方向に緩やかな下り坂のスロープがある。当然このスロープを下り降りることにした。150m程下った先に御堂があって、開山堂と出ている。ああ、ここに徳道上人が祀られているのか・・。どんな偉いお坊さんか知らないが、この寺にやってきて、名前だけは聞いている。

御堂の前に若い女性数人がグループになって紫陽花の写真などを撮っている。本堂内陣にはいなかったので、中には入らなかったのだろう。横を通ると中国語だ。ああ、中国人、いや、台湾人だ。台湾人の所得も上がって、日本人の来ないようなこんな辺鄙な山間にあるお寺までやってくる。身だしなみも上品だ。そんな時、急に雨が降って来た。今までそれ程天気は悪くは無かったが、急変だ。グループは雲の子を散らすように、駆け足で行ってしまった。自分は走れないので、少し先の休憩テラスに避難し、通り雨が過ぎ去るのを待った。

 

  • 前方の少し高台に五重の塔も建っている。

  • 徳道上人の開山堂。

     

  • 急に雨が降って来て、近くのあずまや風のテラスへ避難する。