ちゃおチャオブログ

日々の連続

ルソン山紀行(7)御者が追剥に豹変、中華街を逃げまどう。

馬車は旧市街を回ってくれる。
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マニラ攻防戦で破壊された建物の跡なども見える。
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ああ、パッシブ川だ。向こう側は中華街。中華街に行ってもらうことにする。
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中華街とは思えない、中々綺麗な街並みではないか・・
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この建物は何だ??
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パッシブ川に架かる橋までやってきた。
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御者は愛想よく色々と案内してくれるのだが、どうもやり過ぎの感もなくもない。ロハス通りから大分離れて、今大体どこをどう走らせているかもさっぱり分からない。旧市街だからそんな遠くまでは行ってはいないと思うが、段々心配になってきた。もうそろそろ良いだろう。何をどう吹っかけられるか分かったものじゃない。

そこで、市街観光はもう止めにして、この街でもう一つ行きたかった中華街、ここではチャイナタウンと呼ばれているが、そこへ行くべく、そちらに向かうようにお願いした。旧市街とチャイナタウンを分けるパッシブ川の橋までやってきて、この橋の先はチャイナタウンと分かっていたので、御者にここで馬車を止めるようにお願いし、金額を確認した。500ペソ、1500円。最初に言われた金額で、元々この額は覚悟していたので、500ペソを渡そうとしたら、「違う、違う、5000ペソだ!」と言って来る。「いや、確かにハンドレッド(Hundred)と言った筈だ。これ以上は支払えない!」と抗議しても、「ハンドレッドじゃない、タウザンド(Thousand)と言った筈だ!」と彼も譲らない。

ここで押し問答しても始まらない。当方、最初から500ペソ以上は払う積りはなかったから、100ペソ札5枚を御者に投げつけ、馬車を降りて、チャイナタウンに向かって歩き始めた。そうした処、御車も馬車を走らせ追いかけて来る。駆け足で逃げたら、馬車もギャロップで追いかけて来て、馬上から「ファイブ タウザンド、ファイブ タウザンド!」と叫んでくる。怖くなったので、急いで橋を渡り、中華街に逃げ込むが、彼も馬車を降りて、追いかけて来る。フィリピン人は短気者が多く、ピストルも横行している。いつ、後ろからズドンっとぶっ放されないとも限らない。中華街の細い路地まで入って行ったら、当方を見失ったのか、御車もそれ以上は追いかけて来なかった。

5000ペソ、1万5000円は、彼にとっては1か月以上の収入になるかも知れない。彼にとっては良いカモの日本人と思って、彼なりに必死だったのだろう。当方としても、良いカモにされたらかなわない。並の日本人だったら、言いなりになって5000ペソを渡しているだろうが、こう見えても自分はアジア各国を旅行している。こんな法外な要求に応じたら、後々の旅行者にも迷惑だ。そんな思いで必死に逃げたが、後で思うとズドンされなくて、ラッキーだったかも知れない。

一段落し、中華街を少し歩いてみたが、どうもパッとしない。と言うか、落ち着かない。先刻の御者が又舞い戻って来て、請求してくる心配もあった。市口近くの食堂で夕食を食べ、見ると向いにタイマッサージ店がある。ここに入って難を凌ごう。1時間程ここで休み、タクシーでホテルに戻った。今思うと全く箱根の駕籠かきが峠の途中で追剥に豹変し、客を身ぐるみはぐのと同じような御車だった。こんなのが昼日中横行しているマニラは、恐ろしい街というのは当たっている。馬車の上でふんぞりかえり、その気になっていた自分も悪かったかも知れないが・・



ここで良いからと言って料金精算しようとしたら、「500ではなく5000ペソ、1万5000円!」と言われる。
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最初に言われた500ペソだけを渡し、急いで中華街に逃げ込む。
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バンコクとかサイゴンの中華街をイメージしていたが、余りパッとしない中華街だ。
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中華街の入り口近くのレストランで夕食を食べる。
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中華街だけあって、中華の料理だ。
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レストランの向いにタイマッサージがあったので、そこへ避難する。
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