ちゃおチャオブログ

日々の連続

由美子、難病SLEとの戦い(11)病院への手紙・続。

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途中から腎内科(透析科)に変わり、若い主治医に『ここ数年SLEは落ち着いている事、症状は熱や腸には出たことがないことを話し、ステロイドを減らすよう』働きかけましたが、主治医の上の先生の治療方針を変えることは出来ないらしく、12月16日、東京医科歯科大学へ転院となりました。
 
膠原内科でいろいろ検査を行い、クリスマスの日に大腸ファイバー検査をしました。検査自体は無事に終了したのですが、その後便秘がちになり、浣腸してもすっきりせず、そうこうする内に排便後急に腹痛を感じるようになりました。上からお腹を触ると飛び上がるほど痛いので「痛い、痛い」で何日も過ぎ、腹水の検査を何枚も撮っていたはずのCTで、ようやく外科の先生が見て、緊急手術になりました。S状結腸が破れて便が腹腔内に出ていたのです。
透析がきつくて、医科歯科に行った頃は食事の際に唾液が出ず、飲み込むことが出来ません。出されたお茶でようやく流し込むのにお茶が1日300ccと制限されていました。もうちょっと水分を摂らせてもらえたら、便秘もせずにこのような手術もしなくて済んだのでは・・とか、あの時大腸ファイバーをしなければ・・など思い返しても悩むことがあります。
 
栄養状態が悪ければ、腸の壁だって胃の壁だって薄くなると思います。現在人工肛門と(これには慣れましたが)遺残膿瘍の為微熱があって消毒を繰り返し、傷口治るのを待っているところです。ステロイド栄養不良の為に手の爪もペニャペニャで、毛髪も二度も抜けました。
あれだけ多勢の先生方に診てもらっていながら、こんなことが予測できないなんて・・。まあ、人間の生命は予測できないものなのでしょうが、一方向ばかり見て、私全体を見ていなかったのだから、こういう結果になったのではないかと(特に透析)思わずにはいられません。」
 
――ここで手紙の記述は終わっている。この後本人はまだ何か言いたいことがあったのかどうなのか、自分も本人の死後この手紙の原稿を見たので、今となっては確かめることもできない。
多分この内容と同じような文面を秀和病院にも出したのだろう。2006年(平成18年)8月付けで同病院医療管理室長から妻宛ての回答書が送付されてきていた。概略以下の内容である。


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