ちゃおチャオブログ

日々の連続

能登の春(32)珠洲市の須須神社。

ここの祭神は美穂須須美命大国主命の娘さんだ。
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奥深そうな須須神社だ。まず社伝を読む。
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参道は緩やかな登坂で、両側に鬱蒼と樹木が茂っている。
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歴史の積み重ねを感じる。
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珠洲市三崎町にある須須神社。スズとスス。珠洲市の名前がどこから来たのかは知らないが、この町が形成されるずっと以前から、半島最北端に位置し、海の守り神として崇められていた須須神社。この先の最北端の岬が珠洲岬。須須と同名では神に畏れ多いからか、少し読み方を変え、文字も変えた。学者や古代史研究家がどう言っているかは知らないが、自分は狼煙で遥拝所を見て、今改めてこの神社本社を参拝するに当たって、心からそう思った。

神社の前は広い駐車場になっているが、車は1台も止まっていない。近所の母親が小さな幼児と広場代わりに使っている。ここなら交通事故の心配はないだろう。鳥居の直ぐ横の民家では初老のお婆さんが1mを越えるような長いワカメか昆布を干している。時々聞こえる幼児の叫び声。母親に甘えているようだ。参道の入り口の社伝に目を通し、緩やかな参道を登っていく。

両側の鬱蒼した原生林は密林のようだ。鳥も鳴かない。本殿までの200m程の参道は、全く俗界を離れた気分にさせるものがある。参道は4-5m程の幅もあり、石段の石組もしっかりしている。例大祭には大勢の氏子がやってきて、この参道も参拝客で賑わうことだろう。或いは年末年始には金沢辺りからやってくる初詣客もいるかも知れない。それ程奥ゆかしい雰囲気だった。

本殿は比較的新しい建物だった。お寺は古く、神社は新しいものがよい、とよく言われる。伊勢神宮春日大社の20年置きの遷宮などはその例だ。神は新しい社に鎮座する。この神社には神主や禰宜の姿が見えないが、参道下に社屋があったので、そこにいるのかも知れない。祭神美穂須須美命に手を合わせる。大国主の娘さんだ。

出雲には大国主命を祀る須佐神社があり、ここにはその娘を祀る須須神社がある。その中間の境港には美穂(三保)神社がある。松本清張の姫川伝説、奴奈川伝説はこの半島の先の糸魚川だ。海で一つに繋がっている。美穂須須美命は大國と姫川の御姫さんとの間に生まれたお嬢さんだ。海は一本の線で結ばれている。

長い参道を下り降りると、駐車場兼広場には先程の母子以外にも二組の母子がジョイントして遊んでいる。日曜日の昼下がり、歳の似通った母子が阿吽の呼吸で集まって、子供たちを遊ばせているのだ。その一人に聞いてみた。人口過疎の集落で子供を育てるのは大変でしょう、と。幸いにこの集落の中に幼稚園と小学校もあると。ただ1学年3人とかそれ位で・・。元々この部落の出身とは思えない垢ぬけたヤングママ。どこから嫁いできたのか、半分憂鬱そうな顔をしていても、今の生活には満足しているようだった。

珠洲市に合併される以前の三崎村。響きの良い懐かしい地名だ。全国津々浦々、岬に近い集落にはこの名前が多い。岬の語源ももう平安時代、それ以前から日本語の中に定着しているのだろう。どこか遠い過去を思い起こさせる。神社のある場所は寺家。「じけ」と読む。これも又先刻のヤングママから教わったことではあるが・・。集落の人々、幸あれ!


  • 前方に漸く本殿、拝殿が見えてきた。
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    ああ、新しそうな、立派な拝殿だ。

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    主祭神、須須美命に参拝する。
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    鳥の声も聞こえない森厳な境内だ。
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    応神の頃の創建というから、相当に古い。新旧の石段の配置が面白い。
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