今まで政府もマスコミも現場の医師すらもコロナ禍と表現していて、それは恰も一つの混乱、騒乱のごとき捉え方をしているが、「クラスター」の意味からすると、それは騒乱などではなく、「戦争」だ。「クラスター爆弾」で表現されるように、それは戦闘の武器であり、強力な破壊兵器なのだ。今まで日本人は「コロナ禍」との甘い表現で、この病原体との戦いが実際の戦争と同様に困難を極めるものとの認識が薄れていた。
政府は最早コロナ禍ではなく、コロナ敵との戦いと宣戦布告しなければならない。今、旭川が敵の標的にされていて、困難を極めている。今なお医療崩壊には至っていないが、政府が従来通りの甘い対応をしていたら、早晩崩壊に至るだろう。旭川は死の町。町が機能しなくなる。政府は道庁に任せるのではなく、全力を投入し、崩壊直前のこの町を救済しなければならない。医師、看護師、搬送、移動、等々、これ以上の悪化を食い止める必要がある。
北海道の清水町では町の職員にクラスターが発生し、既に町の機能は半分麻痺している。感染者が急増する地域では、この町に限らず、市の行政が滞り、あちこちで日常生活の制約が出てくるだろう。政府は機能的にこうした強力な敵に対応して行かなけれなならない。日本がイタリアやインドブラジル、米国のようになってはならない。強敵を甘く見てはならない。日本人はガダルカナル島で経験している筈だ。遂次投入ではなく、集中的にやるべきだ。最初にクラスターが発生した和歌山の有田病院が良い見本になる。県知事の指揮が優れ、クラスターを退治した。前例を参考にしなければならない。相手は強敵だと見極めなければ、この戦いに勝つことはできない。