ちゃおチャオブログ

日々の連続

四国霊場最後の巡礼(20)夜の琴平、何もない町。

暮れ前にはホテルに戻り、夕刻食事をしに琴平駅前まで出る。道路は照明が少なく、どこも暗い。

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琴電、JR琴平駅前の川に手前には大きな鳥居が立っていた。

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琴電琴平駅だ。

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高松行の電車が止まっている。

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琴電駅の少し先にはJR駅もある。

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出釈迦寺遥拝所からすぐ目の前に見える我拝師山とその崖上の捨身が嶽。山の上の方まで車道が見えるので、多分奥の院までは車で行けるだろうが、もう5時近くの時間になっていて、今回はそこまで行くのは止めて、琴平のホテルに戻ることにした。善通寺琴平線の県道を一本で行けるので、周囲が暗くなっても問題なく行けるだろう。県道は尽誠高校の前を通っていく。甲子園、春夏の高校野球大会で、香川代表として時々出場し、良い線まで勝ち進んでいく強豪校だ。善通寺のこんな場所にあるとは知らなかった。

 

善通寺には戦前の陸軍師団があって、四国管内の初年兵、赤紙組はここに集められた。その名残は戦後にも引き継がれ、ここには自衛隊の連隊、駐屯地が置かれている。市内を走ると四国管区警察学校とか、公安治安に関する看板も良く目についた。四国の中で香川は一番小さな県ではあるが、昔から中央との結びつきが強く、中央省庁の地方部局、高裁であったり、高検であったりと、四国管区の支部所在地になっている。それかどうかは知らないが、議員定数削減で、隣の徳島と高知が合区になって、先の参院選でもこの2県から一人の代議士を選ぶことになったが、この小さな県香川は合区を免れている。国民民主の党首も確か香川出身だった。

 

善通寺から琴平までは車で30分も掛からない。まだ日没前にホテルに着くことができた。知らない土地では早め早めの行動が肝要だ。少し部屋でゆっくりしているうちに外は暗くなる。釣瓶落としの秋。陽が暮れるとあっという間に暗くなる。お風呂に入った後からだと外に出るのがおっくうになる。まだ時間は早くお腹は空いていないが、どこか適当に夕食のできる店を探しにでかけよう。昨夜のスペイン料理店Con Tapasへ二日続けて行くのも能がない。今晩は金比羅山とは反対側の駅の方へ向かって歩く。駅前まで出れば、どこかに何かはあるだろう。

 

昨夜も感じたが、町全体に人が少ない。ホテル前の県道は時々車は通るが、通りを歩く人は殆どいない。まだ夕方6時になったばかりの時間だが、もう既に通りには人は絶えている。金比羅山を控える観光地とは言え、このコロナ禍でやってくる人も少ないに違いない。自分の泊まっているホテル八千代は江戸時代から続く老舗だが、7-8組の夫婦連れ又は自分のような単身者が泊まっているに過ぎない。そんな状態だから東京近郊で見られるような温泉地の賑わい、猥雑さは全く感じられない。

 

駅の方向に向かってホテルから100m程先にコンビニがあり、見るとここは7-11で、深夜営業とのこと。店は明るく、ここには場違いのように3-4人の買い物客がいた。更にその先にかなり大きな居酒屋があって、讃岐名物骨付き鳥の看板が出ていた。外からは中は良く見えないが、この時間、客はまだ入っていないようだった。そこの交差点を右に折れて、真っすぐ行くと遠目にも大きな鳥居が見え、その先がJR及び琴電の駅だ。街灯はホテルからコンビニ、居酒屋までは付いていたが、その先の駅までの道路には街灯も少なく、時々の車のヘッドライトに照らされ、周辺の状況が確認できる程だ。偶に近所の人なのか、道路を歩く人を見るが、懐中電灯を持って、足元を照らしながら歩いていた。本当に田舎の町だ。自分も車に撥ねられないように極力道路端を歩いて駅に向かった。

 

川の名前は何か分からないが、両岸に遊歩道が付いていて、それらしく街灯も付いている。コロナで無ければ、夏場であったら、温泉客がちらほらいたかも知れないが、11月の今は、蛍光灯の冷たい光だけが川面を照らしていた。その川にかかる橋、大宮橋と書いてあったが、その向こう側に大きな鳥居が立っていて、ここから金刀比羅宮の参道が始まるのだ。照明の無い中で、黒々と建っていた。その橋の左手が琴電琴平駅。ほぼ40年ほど前金刀比羅宮に来た時は、高松から琴電に乗ってこの駅まで来て、ここから歩いて行った筈だが、この駅舎も鳥居も記憶にない。この40年の間に駅舎は改築され、鳥居も新設されたのか・・。記憶は遠い彼方に行ってしまい、琴電でやってきたこと、駅から歩いて宮参りしたこと、橋を渡ったことすら記憶になく、この周辺の状況は殆どその程度しか覚えていない。

 

琴電琴平駅を眺め、記憶を辿り、更にその先のJR琴平駅まで足を延ばし、道々ホテルに戻る途中にあったしもた屋風の食堂、寿司一に寄って夕食を食べる。暇そうにテレビを見ていたおやじ、自分と同じくらいの年格好だが、漸くお客が来たかという感じで厨房に入り、年季の入った手さばきで注文の琴平セットを支度する。ああ、金陵があった。この町に来て金陵を飲まなくては申し訳ない。金刀比羅さんのお神酒金陵を飲んで、寿司が出てくる前に気分が良くなった。

 

大歩危小歩危難所を超えて、高知まで結ばれている。

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JR駅前にはバス停もあるが、大体夕方の5時、6時には終バスとなっている。

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ホテルへの帰り道、途中の寿司一で夕食。金陵を飲んだせいか、かなりボラレタ感じだ。

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まあ、1日数人の客、おやじと年取ったばあさんを喜ばせてやろう。

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