ちゃおチャオブログ

日々の連続

12年ぶりの石垣島(26)港の魚屋でマグロの昼めし。

  • 半日旅行、西表島が遠ざかっていく。

    f:id:commodore:20210402224531j:plain思い出に残る島だった。

    f:id:commodore:20210402224721j:plainこちらは竹富島だ。全く海に沈みそうな程扁平の島だ。

    f:id:commodore:20210402224817j:plain朝と同じくらいの乗客、20-30人が乗っていた。

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乗客一人の貸し切りバスの西表島旅。運転の児島さんも久しぶりの乗客に、言葉が飢えていたのかも知れない。フェリー出発時間が間もないとのことで、彼には碌な挨拶も出来ず、アタフタと船に乗り込んだ。この島に移り住んで10数年。2-3年前、もう運転手を辞めて内地に帰る考えもあったが、会社から懇請されて今もなお運転手を続けているという。この島が彼を引き留め、どこへも逃がさない。島での独り身の魅力、この島で最後を迎えるのが、彼にとって一番の幸せかも知れない。

先刻白浜港フェリーターミナルの待合室にこの島の戦前の炭鉱事業のパネル写真と解説文があった。多くの炭鉱夫がこの島に送られ、命を全うしなかった。戦前の過酷な労働環境で、長崎沖の高島鉱、今は軍艦島で名が通っているが、重機の乏しい戦前、多くは人の手に頼っていた。この島にも台湾から労働者が送られ、多くが還らぬ人となった。台湾出身の黄さんという若手監督が、この島に移り住んで数年、この台湾炭鉱労働者を主題として「緑の牢獄」のドキュメンタリー映画を製作し、那覇の劇場で上映されている。過去と現代が交差する島。半日の旅は心休まり、又新たな発見もあった。

人の一生が峠を過ぎて、後半の人生は下り坂を転がり降りるように、帰りのフェリーも来た時の半分位の時間で石垣離島ターミナルに着いた。いや、それは心の持ち方の違いで、実際の運航時間は変わらないだろう。朝7時前、ホテルの食堂でクロワッサンを食べたきりで、西表では食堂もなく、摘まみを買えるようなコンビニもなく、昼食も取らずそのままフェリーに乗って、お腹がグーグー泣いている。昨日通りすがりに見たターミナル横の刺し身屋。船を降りて真っすぐそこに向かう。何はともあれ、刺身とビールでお腹を満たそう。ああ、まだ店は開いていた。早速Inaさんに電話し、これからこの店で遅い昼めしを食べることを伝える。南洋マグロのそれ程美味でない刺身を食べている内にInaさんもやってきた。

 

  • 石垣島の先端が見えてきた。

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    石垣港に入り、右手にホテルの前の大きなゲートブリッジが見えてきた。

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    石垣フェリーターミナルに到着。西表島半日旅行は終了した。

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    早速ターミナル横の刺し身屋に入り、遅い昼食とする。

    f:id:commodore:20210402225215j:plain刺身を食べている内にInaさんもやってきた。

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