ちゃおチャオブログ

日々の連続

壱岐・対馬2島巡り(34)烏帽子岳展望台を下山する。

烏帽子岳から見る浅茅湾美しい国土だ。

 

眺めているだけで20分は瞬く間に過ぎて行く。

 

一体幾つの島があるのだろう・・。その殆どは無人島だろう・・。

 

 

烏帽子岳展望台での眺望を20分程で終了し、展望台下のバスまで戻る。約200m程のスロープの両側には手すりが付いていて、足の悪い人には助かった。万松院では一人二人石段をの登らずに下で待っていた人もいたが、ここ烏帽子岳では全員が上まで登り、360度の眺望を楽しんだ。隈さんも全員が登れたことに添乗員としては満足だったに違いない。その彼にバスに乗る直前、この景色をバックに写真を1枚撮ってもらった。

 

この様な多島海は日本にはどれ位あるだろうか・・。同じこの長崎県には九十九島が所在し、自分はまだそこへは行ったことはないが、名前からしてそこも多島海だろう。四国愛媛の南、豊後水道の端に九十九という多島海があり、そこは「くじゅうく」ではなく「つくも」も呼ばれている。自分は以前四国霊場巡りで愛南町にある観自在寺に参拝し、その町の岬の上に立つ紫電改展示館へ行き、岬の上から九十九(ツクモ)の海を眺めた。そこも確かに島影は多かったが、今見るここ浅茅湾程の多さは無かった。自分の知る限り、ここ浅茅湾多島海が日本一だろう。大小無数の島が目の前の海に浮かび、多分その殆どは無人島だろう。

 

幕末の頃、ロシアの艦船がこの湾のどこかに投錨し、水兵を上陸させ、無断に建物を建て、対馬藩や幕府の退去要請を無視して数か月に渡って居座り続け、困り果てた幕府は英国かフランスにお願いして、彼等の艦船をもって出て行ってもらったこともあったが、その当時からロシアは既に傍若無人のならず者で、今ウクライナでやっている野蛮行為と変らない姿が150年前のこの島にあった。

 

それと問題は目と鼻の先の半島人だ。江戸時代を通じ、半島からしばしば海賊がやってきて、島の周辺を荒らして行った。10年程前、この島のお寺から仏像が盗まれ、それが韓国で売り払われて、島から盗難された仏像と判明し、国際問題となっているが、そうした盗難行為は今に始まったことではなく、もう既に江戸時から何回となく行われて来たことだった。もっと困ったことには、竹島同様に、韓国国内ではこの島は半島固有の領土との運動が近年沸き起こっていて、韓国内では返還気勢の議員連盟なども出来ている。この美しい日本、対馬の島影が邪悪な外国勢力に侵略されつつある。困ったものだ。

 

光景を目に焼き付け、展望台からのスロープを下り降りる。

 

展望台下のバス待機場所で、島をバックに記念写真を撮る。

 

去りがたく、忘れがたい光景だ。