ちゃおチャオブログ

日々の連続

イベリア周遊の旅(30)パドロン市街地にて。

今はシエスタの時間なのか、公園には人影が全く見られない。
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偶々親子連れが公園を横切って行った。
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この時間、市街地も閑散とした感じだ。
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皆さんお昼寝の時間なのか・・。
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公園と市街地の間には1本幹線道路が走っている。
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この道路の先の方に、サンチャゴの町がある。
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この町パドロンが30数年前のノーベル賞作家、カミロ・ホセセラの出生地であるとは、ガイドブックで知ったことで、この手持ちのダイヤモンド社地球の歩き方」を見るまでは、この作家の名前すらも知らなかった。勿論、旅行ガイドだから、出ているのは彼の名前だけで、彼がどんな作家で、どんな内容の小説、文学を発表していたかの説明は全くない。

このパドロンがサンチャゴの隣町で、電車で直ぐにも来れるとのことでやって来たが、駅は無人駅で、そうした案内や看板なども全く見られない。駅に近い共同墓地に寄ってみたが、そこにも、又、その先、市街地に入る直前の公園も歩いてみたが、ホセセラに関する案内板は全く見ることは出来なかった。ノーベル賞とか世界遺産に関するフィーバー振りは日本が特別に異常で騒がしいのか。少なくともこの町の人々は全く無関心のようである。ノーベル賞は個人の問題で、町を挙げての栄誉ではないのだ。日本だったら、名誉市民、名誉県民は当たり前のことではあるのだが・・。

やや拍子抜けした思いで、墓地から公園を通り抜け、市街地に入る。人口は1万人もいないだろう。それにしても通行人が少なく、公園で寛ぐ人影も見えないのか、今の時間がシエスタで、人々は皆自宅で午睡でもしているのだろうか。昼寝の時間。昔の日本にもあったようだが、戦後の忙しい時代になって、日本ではいつの頃からは、もう無くなってしまった。伝統の国スペインでは、この土地からスペイン人が居なくならない限り、シエスタの習慣は無くならないだろう。

シエスタのこの時間、通りで目に付くのは、町の人よりかリュックを背負った巡礼者で、この町が重要な巡礼路になっているようだ。聖ヤコブエルサレムで殺害された後、小舟に乗せられた遺体は、ジブラルタル海峡を通り抜けて、この町の浜辺に流れ着いた。そこは今、町中を流れる川、サール川の河口付近と言われる。そこには何がしかの碑文が残されているに違いない。町中を歩く巡礼者は地図を頼りに、或いはこのサール川に沿って、ヤコブ漂着地を根差しているのかも知れない。



町中には巡礼者の銅像が立っている。
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ああ、この像もそうか・・。
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ちょっと待てよ、巡礼者ではなく、地元の農婦、お接待役か・・
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昼下がりの道、巡礼者が歩いている。どこへ向かって歩いて行くのだろう。
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一人歩く女性。疲れ切った足取りだ。
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うん、この先に教会がある。中に入ってみようか・・。
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