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日々の連続

The Third Eye カトマンズへの道(43)プラーナーキラー入城。

プラーナーキラー正門。ここはムガール帝国第2代皇帝フマユーンにより建設された。
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それではこれから城内に入ることにしよう。
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プラーナーキラー。かなり広大な敷地だ。
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入って直ぐ右側、城壁の中を利用して博物館が併設されている。
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5年前の阪急トラピックスのツアーは、旅行期間は短いものの、コンパPクトに纏められていて、デリー、アグラ、ジャイプール等に所在する世界遺産を大半巡って、ここデリーの世界遺産も殆どカバーした。今到着したプラーナーキラーや、先刻見てきたインド門、大統領府は世界遺産に登録されていないので、ツアーでは回らなかったのかも知れない。5年前に訪問した場所を再び行くことも無いので、今日は初めてのプラーナーキラーに来た次第だが、訪問客、観光客は殆どいなく、静かな城内観光ができそうだ。

ここプラーナーキラーはムガール帝国第2代皇帝フマユーンが16世紀に建設したもので、アグラのタージマハールよりは100年ほど早く造られている。実際、ヒンドゥー語の「プラーナーキラー」の意味は「古い城」の意味で、現在世界遺産に登録されているフマユーン廟よりも先に建設されている。フマユーン廟はタージマハールと同型の左右対称形の霊廟で、タージマハールの原型を成すものであるが、ここもタージマハール同様に、フマユーン皇帝とその妃が埋葬されている。プラーナーキラーは城塞で、それとは別に霊廟を建設したのだが、3代後の皇帝シャージャハーンもアグラ城とそれに隣接して妃のためにタージマハールを建設したのだ。

少額の入城料を支払って城内に入る。入って直ぐ右側の城壁をくり抜いた場所に小さな博物館があり、入ってみる。この城塞が建設される以前の古墳時代の発掘品から始まって、この城塞の遺品などが展示されている、この場所へ好き好んでやってくる外人観光客もいないだろう。館内は静かなもので、入り口に一人、係の人が気持ち良い冷房の中で転寝をしていた。館内をさっと回って、城内を歩くことにした。古い建物が幾つか残されているだけで、余りぱっとしない城内だ。これでは当然世界遺産には登録されないだろう。先程もインド門から大統領府までかなり歩いたが、ここでも広い敷地内を運動と思って歩くことにした。



いろいろこまごました展示物があったが、後でもう一度来ることにした。
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インドは異民族支配の国。イスラム系のムガール帝国の版図。インドの南部以外のほぼ全域を支配下に置いた。
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広々とした城内。嘗てはここにいろいろな建物があったのだ。
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強固な城壁と城門である。異民族支配の為には必要だったのだ。
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