恋路海岸から海岸沿いの道路を下って九十九湾に出た。
駐車場の先に園地、野営地がある。
夏場だったら、子供たちの声で賑わうキャンプ場も、オフシーズンの今は淋しい限りだ。
キャンプ場の入り口には、何かの石碑が建っている。
ロマンティックな名前の恋路海岸で車を止めて、誰もいない白浜を眺め、茫洋とした海、ここがもう日本海なのか、富山湾の延長なのかは定かに分からないが、いずれにしてもこの海の先には佐渡島があるのだ。自分は日本の各地を旅行し、46都道府県のすべてに足跡は残しているが、大きな島で行っていないのは、唯一この佐渡島。会社の先輩がこの島の出身で、定年後島に戻り、以前、家が広いので、是非泊りがけで遊びに来てくれ、と言っていたその先輩も去年80を過ぎて間もなく亡くなった。海の彼方に島影は見えないが、もうこの島に行くこともないだろう。
海辺に沿った県道は、海岸線のくねりに合わせ蛇行して南下する。その途中に五色の浜海水浴場もあるのだが、そこへは県道から更に細い道路を下り降りて行かないと行き着けない。名前は魅力的だが、そこはパスして、一路九十九湾海域公園へ向かった。国立公園、国定公園、自然公園、森林公園、等の名前は親しいが、海域公園、とは初めて聞く名前だ。九十九湾というからには相当に入り組んだ湾に違いない。
九十九ですぐにも思い出すのは、千葉外房の九十九里浜。端の見えない果てしなく長い砂浜。1里が4キロで、100里が400キロ。そんなに長くはないが、100キロはあるだろう。それから長崎沖、五島の手前の九十九島。以前この島へ行こうとしたら、台風の影響で船が島には渡れず、ツアー自体がキャンセルになった。これから向かう九十九湾。自分にとっては初めて聞く名前だが、全国的にもマイナーに違いない。
午後も大分押し詰まった時間、九十九湾園地野営地に到着する。人っ子一人いない薄暗い野営地。大きな木が茂っていて、お化けでも出てきそうな感じだ。岬の上のキャンプ場。夏場なら小中学生の野外活動で賑わっているだろうが、今はオフシーズン。全体に裏寂びた感じだ。このキャンプ場の下に九十九湾を遊覧する船着き場がある。プレハブ小屋のチケット売り場に女性が一人座っているが暇そうにしている。最後の出航が4時で、間もなく4時になるが、船着き場で待っている客もいない。
船着きの場の波止場から湾を眺めるが、成程、見るからに起伏をしていて、七重八重、九重の折り畳みがあるように見える。成程、九十九湾か・・。薄暗くなりつつ湾で、遊覧船が波止場に戻ってきた。それでも2-3人の乗客はいたようだ。自分が4時の遊覧船に乗らないのを確認し、チケットブースもカーテンを閉めて、遊覧船もエンジンを止めた。今日の営業はこれで終了だ。
船着き場の直ぐ前に手入れの行き届いた広い庭と見るからに優雅な欧風の住宅がある。この観光船のオーナーの家かも知れない。石川の能登の、一番端の忘れられたような町珠洲のその更に片田舎の九十九湾。それでもここにはユートピアのような生活をしている人々がいる。都会だけが世の中ではない。我が楽園はここにある、と言った感じの邸宅だ。自分もそろそろ宿舎に戻ろう。
下に遊覧船の船着き場があるので、行ってみよう。
波止場から九十九湾を眺める。
成程、入り組んだ湾が七重八重に重なっている。
次の遊覧船の出航は4時だが、待ち客おらず。自分もそろそろ宿舎に戻ろう。