山門入り口の守衛に瓊花の場所を聞いていた。境内の一番奥の方の庭園とのことだ。
以前あった祖師堂の奥に向かう。この辺りは以前は来たことはなかった。
一番奥に御廟があり、この内庭にあるようだが、今は開花が終わり、入園は解放されていない。
近くの庵を尋ねる。
奈良、大和国観音霊場は、壷阪寺、岡寺、長谷寺、興福寺南円堂の4ケ寺であり、2泊3日の巡礼行で既に御朱印は頂いた。帰京最後の半日は奈良西ノ京の唐招提寺へ行くことにした。ここは以前2回来ている。1回目は随分昔で、その時の参詣はもううろ覚えだが、2回目は芭蕉の句「若葉して御目の泪拭わばや」で、この寺へ鑑真像を拝みにやってきた。失明した筈の鑑真の眼から滴がこぼれ落ちている。芭蕉の感性の深さと鑑真の精神性の高さ。この2つが合わさった実に良い句と思い、その乾漆像の鑑真和上に会いにやって来たのだ。その時は真っすぐ祖師堂へ来て、しげしげと間近な鑑真座像に両手を合わせた。
今回は別の目的でやってきた。この寺に咲く瓊花、けいかの花を見にやって来たのだ。「瓊花」とは最近になって知った花の名前だ。この難しい漢字は「けいか」と読む。しばらく前、井上靖の長女の浦城さんの著作「父井上靖と私」を読み、その中に出て来る花の名前で、井上靖が中国揚州の大明寺から取り寄せ、中伊豆の旧宅ともう一株はここ唐招提寺に移植された。井上靖は「天平の甍」など中国に関係する歴史小説を多く著され、鑑真を深く傾倒していた。大明寺は鑑真和上が若き頃修業していたお寺だ。
「けいか」は日本人に取っては「桂花」が有名で、熊本の「桂花ラーメン」は全国展開で、東京にもチェーン店が数カ所ある。この「桂花」は中国名で、日本名では「金木犀」である。以前、広西省の漓江下りへ行った際、近くの省都「桂林」に宿泊したが、丁度秋の季節、街路樹がこの桂花、金木犀が満開で、街中に甘い金木犀の香りが漂っていた。「桂花」の古里は「桂林」であり、「瓊花」の古里は「揚州」。開花も「桂花」は秋で、「瓊花」は春である。自分は中国へは過去20数回旅行で行っているが、揚州へは行ったことはなかった。北京ー上海を結ぶ大運河の上海、蘇州に近い場所にある古都であるが、何故か行く機会がなかった。
6月、この寺で満開の「瓊花」を見られるかと思いやってきたのだが、残念ながらそれは敵わなかった。瓊花の咲く庭園は唐招提寺の一番奥の開山御廟の中にあり、そこは立ち入り禁止になっていた。瓊花の咲く2週間程前までは一般公開されていたが、今はその花の季節も終わって、内庭は閉ざされていた。いつでもこの寺に来れば見られると思っていた自分が準備不足で浅墓だった。境内の周辺をぶらぶら歩き、途中の売店に寄ってみた。以前にはこんな店は境内になかったと思ったが、中に入って見ると、あった! それは絵葉書ではあったが、瓊花の写真だ。早速買って、その場で書いて孫に送った。この寺に来た甲斐もあった。
ここも蓮が咲き始めている。
以前は間近に見えた鑑真さんも今は奥に隠れて、外から見えない。
残念だが、出口に向かって戻ることにした。
あった! 途中の売店で瓊花の絵葉書が売られていた! 早速買って、その場で書いて孫に送る。