ちゃおチャオブログ

日々の連続

由美子、難病SLEとの戦い(6)東京地裁裁判官への陳述書・続




由美子が看護婦になってからというもの、深夜に仕事が終わったり又深夜に出勤したりと、電車では通勤できない時間帯での出退勤でした。日中でも車通勤の方がはるかに楽であり、由美子も車で通勤できるようにと、それまでのオートマ車から由美子の希望でマニュアル車に買い換えました。買い替え後何回かは車で通勤したと思います。けれど由美子は、深夜に運転すると疲れてボーっとして運転が怖い、公務員が事故を起こすとそれだけで首になる、ということで車の運転をしなくなりました。
 
しかたがなく私自身が運転手役として深夜の送り迎えをすることにしました。深夜の小金井・国分寺間は大体20分もあれば充分です。深夜勤が12時半からですが、彼女は絶対遅刻するようなことはしませんでした。休みを取って勤務ローテーションが変更になったり、遅刻することにより引継ぎ前の人の帰りが遅くなったりと、第三者に迷惑がかかることを極端に嫌いました。ですから突発休、突発遅刻は勤務の2年間の間にはまったく無かったと思います。
 
深夜勤の場合、大体自宅を11時半位には出て、0時位には病院に着くようにしていました。その日は週に1回位は来るのですが、その日は早々と夕食を済ませ、夜8時~9時位にはパジャマに着替えて本格睡眠(仮眠ではない)に入りました。私は大体11時位には起こしにかかるのですが、そんな時間に彼女を起こし、こんな夜遅くに仕事に行く大変さ、不憫さをいつも感じていました。由美子が病気になって看護婦を辞めると聞いた時には、私自身ほっとしたのも一面の事実です。
 
彼女は疲れているせいか、又は寝込みを起こしたせいか、なかなか寝起きが悪く、内心大丈夫かな、と思うのは常のことでした。たまには休んだらどうか、連休を利用して家族と皆でどこかに行こうよ、等の提案をしても、由美子は根が真面目で、自分が休めば同僚に余計な負担がかかる、等と言って、自己都合で勤務を休むというようなことはしませんでした。
私自身彼女の真面目さには多少の危惧を覚え、もうちょっと余裕をもって、或いは又さぼるところはさぼって仕事をしたらいいのになあ、とも思いましたが、今回の病気はそうした彼女の几帳面さが災いしたのだと思います。
 

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