ちゃおチャオブログ

日々の連続

第2回西国観音霊場大阪編(19)次は大阪葛井寺。

お昼を食べた食堂の小川の反対側には沖縄ソバの幟を掛けた店もあった。・・こんな所に沖縄の店??

 

粉河寺からは緩い下り坂を歩いて、15分程で粉河駅に着いた。

 

丁度電車が出た後で、次の電車までホームで30分程待たされる。

 

 

粉河寺門前の食堂兼土産店で昼食を終え、次の霊場へ向かう。もっと元気な頃ならこの駅の一つ先にある根来寺まで寄るのだが、今はもうアップアップ。とても立ち寄る元気はない。ここからは真っすぐ次の霊場、大阪藤井寺にある葛井寺(ふじいでら)に行くことにした。

 

食事代と土産品の宅急便代を清算する時に店の婆さんに小川の反対側に見えて沖縄ソバの店のことを聞いたら、以前は飲み屋らしかったが、このコロナ禍で長らく店を閉めているとのことだった。この婆さん、土産を売る時は熱心だったが、夏ミカンのひと房も味見もしてもらえず、商売敵の店のことに関しては、全く素っ気なく、言葉少なだった。だから経営者が沖縄出身かどうかも答えをもらわず終いだった。

 

先刻歩いてきた半分商店街の通りを駅に向かって下って行く。駅の前方にある紀ノ川に向かって、この道路も緩やかな下り坂になっている。この辺りは全体が紀ノ川を中心とする河段丘になっていて、去年橋本から高野山鉄道に乗って九度山駅までの緩やかな河段丘を走ったが、ここはその九度山とは川を挟んで反対側になるのだが、同じような傾斜になっている。多分水はけも良く、柿とか果樹栽培には適しているのだろう。

 

先刻やって来た時は親切なおじさんに途中から車に乗せてもらったが、坂は緩やかであっても矢張り上りよりは下りの方が楽だ。途中の立ち休みをしながら、15分程で粉河駅に着いたら、丁度電車は出た後で、何もない無人の駅舎とホームで次の電車まで30分程を待たされる。過疎地で乗客も少なく、今の昼の時間は運行本数も大幅に減らされていると思うが、それでも1時間に2本の運行は助かる。

 

藤井寺は二つ先の橋本で南海電車に乗り換え、更に又河内長野近鉄に乗り換えるのだが、私鉄はJRと違って運行本数も多く、橋本では慌ただしく南海に乗り換え、今回も又橋本で下車して街歩きすることは適わなかった。尤も下車して歩いても橋本にはそれ程見る所はないだろうとの頭もあったので、わざわざ次の電車に乗り過ごすことはしなかった。

 

大阪藤井寺は初めて降りた駅だ。パリーグのどこの球団だったか、藤井寺球場は名前で知っていたが、この駅のどこかにあったのだろう。丁度その頃、セリーグにも川崎球場をホームとする大洋ホエールズがあったが、丁度その頃この二つの球場は廃止されてしまった。その二つのチームが現在どこを本拠地とし、どのチーム名になったのかは自分は知らない。そんなことを思いながら駅前の古い商店街を歩いて行くと、アーケードの終わった直ぐ先に葛井寺の山門がポッと現れた。

 

 

橋本、河内長野で乗り換え、近鉄葛井寺で下車し、このアーケード商店街を通り抜けて、次の霊場葛井寺に向かう。

 

アーケード街を抜けた直ぐの左側に葛井寺の山門が見えた。

 

お寺の案内文。この寺は本当に藤井寺の町中にあるのだ。

 

さて、参拝に向かおう。