ちゃおチャオブログ

日々の連続

さまざまなタイ旅行(69)タイ人の法事。

別の場所では又ひっそりとお祈りしている人もいる。ああ珍しい、この女性はきちんと正座をしている。
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後ろ側の仏像。
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眼もまばゆいばかりの装飾品。
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金沢の金箔の最大の輸出先がタイと言うのも頷ける。
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全く迷宮に足を踏み入れたようだ。
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漸く外へ出る。
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外でも又お祈りを捧げている人が。
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今から6年前の2006年以降、タイをしばしば旅行訪問するようになり、その都度その町の中心にあるお寺への参詣は欠かさずしてきたが、葬式とか法事に出くわすことは殆どなかった。どこかのお寺で黒服の男女が集まり、何か儀式のようなことをやっていたのを見たことはあるが、今思うと、それが多分亡くなった人の葬儀か法事であったのかも知れない。

ここワット・ドークではそうした法事の一つを間近で見ることができ、興味深かった。10人位の男女が故人の遺影を前にして、5-6人のお坊さんの唱えるお経を頭を垂れて有難く聞いている。これは日本の法事の風景とそっくりだ。式場の外では2-3人の人がお坊さんと列席者への食事の支度をしている。式が終われば、皆一堂に会し、遺影を囲みお相伴するのだろう。

こうした故人を悼み、追悼する儀式は広くアジア一帯に同じような風式で行きわたっているのかも知れない。しかしタイを含めての上座部仏教と、日本や中国の大乗仏教徒の大きな違いは、自身の誕生日の曜日に応答する誕生佛を祀ることであり、日曜日から土曜日までの七曜の中で、自分の生まれた曜日を全員が知っていて、寺院に参詣したら、必ずこの曜日の仏様にもお参りすることであり、そうすることによってより功徳が増すと思われている。

お寺の境内を暫らく歩き、この境内の中にチュラロンコン大学チェンマイ校があるのを発見し、又、仏教経典を理解するには欠かせないパーリ語教える教室に出入りする僧侶の何人かが携帯を手にして、大声を出して歩道を歩く姿など眺め、歴史の中の現代の僧侶相なども垣間見、いろいろと新発見もあったいrして、次のチェンマイ国立博物館へ向かうことにした。
 
 
 
 
曜日の仏に祈ることはタイでは重要なことだ。
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ここでは何かの法事をやっているようだ。
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ひな壇に坐る僧侶。
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これから法事が始まるようだ。
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外で食事の支度をする手伝い衆。
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境内には又チュラロンコン大学のチェンマイ分校の校舎もある。
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ここはパーリ語の学校。บาลี สาธิตศึกษา(バーリアテイットスクサー)と書いてある。
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