ちゃおチャオブログ

日々の連続

宮古島の4日間

宮古の4日間(26)宮古島、最後の宴会。

ホテルの向かいにある北海道、アイヌの店「いころ」。 宮古島最後の夜は河岸を変えて、市役所通りの方面に向かった。ここは良さそうな店だ。 最後の飲み会、宮古の泡盛「八重干瀬」にブレーキが外れてしまった。 3泊4日の宮古島の旅。いよいよ今晩が最後の…

宮古の4日間(25)平良港。

海中公園では潜水艦のような水中観察室から目の前の魚を見ることができる。 様々な水中生物、熱帯魚が泳いでいる。 水中の自然の営みを存分に眺めることができた。 いつまで見ていても切がないので、程々に切り上げることにした。 海中公園を出てから、ホテ…

宮古の4日間(24)宮古島海中公園にて。

雪塩館からの帰り、途中にある海中公園に立ち寄った。近くに綺麗な砂浜も見える。 右手に先刻のキッチンバスのあった半島が見える。 これで快晴だったら、見事な海が見える筈だが・・。 長い階段スロープを下って、水中ホールに降りる。 宮古島にも海中公園…

宮古の4日間(23)Hurry′s キッチンカーで休憩後、雪塩館へ。

池間大橋を後にして、次に雪塩館に向かう。 実際にコバルトブルーの海だった。 次にやってきたのは、Hurry’s キッチンバス。米国の通学バスを改造している。 ここは池間大橋の隣にある小さ目の半島の中にある。 池間島は宮古の細長い砂州のような半島の先端…

宮古の4日間(22)宮古ブルーの海。

池間大橋の上からも宮古の綺麗な海が見える。 橋を渡った宮古の側の付け根に小さなパーキングがある。そこからの橋と海の色! いやー、これは正に宮古ブルーの海だ! コバルトブルーの海が広がっている。 今日までの3日間、天気が今一つで、雨にはならなか…

宮古の4日間(21)池間島にて。

橋脚の高さは余り無いが、平坦な直線道が真っすぐ池間島に向かっている。 島に着いた直ぐの場所に池間漁港があった。 係留している漁船は10数隻あったが、漁師の姿は見えなかった。湾の前方に池間大橋が見える。 宮古島の周辺には幾つかの比較的大きな有人…

宮古の4日間(20)昼食にラーメンを食べ、池間島へ。

宮古博物館からほど近い場所にラーメン店があった。 沖縄で食べるラーメンとは思えない程、良い味だった。 最近の沖縄では、もうどこにも「将来2階」の建物は見当たらない。 次に向かったのは、島の東北にある池間島。 それ程大きくも無い宮古島博物館だっ…

宮古の4日間(19)中山第一。

博物館には石器時代の石斧なども展示されている。 この島の歴史も存外長いのだ。 ああ、サバニ漁師もいる。裸ではなく、随分と品が良い。 中山第一。どうしてこの掛け軸がこの島に?? 宮古は小さい島で、人口も少なく、多分、沖縄本島であったような勢力争…

宮古の4日間(18)宮古島博物館へ。

戦時中、この五勇士の丘は、砲兵隊の陣地になっていた。 記念碑の前には大きなソテツが自生していて、実を何個か拾って持ち帰る。 次にやって来たのは、宮古島総合博物館。 正面入り口の前にはフェニックスのような南国の花が植えられている。 島の人の話に…

宮古の4日間(17)久松五勇士の碑。

久松漁港の小高い丘の上には、五勇士を運んだサバニが顕彰されていた。 五人の氏名が顕彰されている。 与那覇蒲、その他4人の漁師の名前が記載されていた。 5本の脚は5人の象徴だ。 久松五勇士の記念碑が建っている久松海岸は、今は魚港も綺麗に整備され…

宮古の4日間(16)久松五勇士の記念碑へ。

ホテルの同じフロアの空き室のドアが開いていたので写真を撮る。丁度自分が泊ったセミダブルの部屋だ。 ツインの部屋はこんな感じ。 ホテルは町の中心の港に近い場所にあるが、以前の古い住居の跡が残っている。 この通りの直ぐ先は平良港で、太平洋かシナ海…

宮古の4日間(15)宮古の街歩き。

ネギさん、稲さんは、ドイツ館展示室に随分満足したようだ。 ホテルに戻ってから二人は又今晩も飲みに出かけたが、自分は開けることにして、近くの飲食街に食堂を探しに出かける。 この時間、飲み屋もまだ開いてなく、食堂らしき店も見えない。 飲み屋街には…

宮古の4日間(14)宮古島、ドイツ文化村にて。

ドイツ文化村のメインの建物、ドイツ風のお城の中にネギさん、稲さんの二人は入って行った。 自分はここまで来るのも大変で、入館は止めにした。 ドイツ村は、この地図の宮古島の左下。東平安名岬は上の細長い半島。日時はスリップするが、先週木曜日(4月…

宮古の4日間(13)うえのドイツ文化村訪問。その前に第8師団長乗機の大型ヘリ墜落について。

公設市場での昼食後、次にやってきたのは「うえのドイツ文化村」。ドイツ風のゲートになっている。 広々としたテーマパークだが、園内には殆ど客の姿が見えない。 園の正面、丘の上にお城のようなものが建っている。 取り敢えずはそこまで行って見ることにし…

宮古の4日間(12)公設市場2階での昼食。

宮古市内に戻る途中に、前方台地上に自衛隊の駐屯地があった。 稲さんに車を停めてもらい、下車して眺める。 国防の最前線。隊員は日々緊張の中にいる。 東平安名岬からは取り敢えずは宮古市内に戻り、昼食を摂ることにした。行先は公設市場だ。稲さんの話で…

宮古の4日間(11)東平安名岬の海岸線。

東平安名岬は殆ど平坦で、大波が襲ってきたら、一たまりも無い。 南国性の葉の厚い草が自生している。 風が強く、海は荒れている。 細長く海上に突き出た岬は小山のような遮蔽物はなく、海からの風をもろに受ける。肌感覚では風速は20mを越えているように…

宮古の4日間(10)東平安名岬のマムヤのお墓。

土地の隆起物かと思っていた大岩は、海中から打ち上げられた津波岩だった。 大岩は内部がくり抜かれていて、日本風のお墓が経っていた。 解説文によれば、それは「マムヤの墓」と呼ばれ、絶世の美女マムヤが島の按司との恋に破れ、この岬で身投げした、との…

宮古の4日間(9)二人沈没しての島内観光。

今日最初の観光場所、東平安名岬にやってきた。半島の根元の部分からは10キロはある細長い半島だ。 岬の手前の駐車場から先端の灯台までは約1キロの遊歩道がある。 半島の東側は太平洋、反対側は東シナ海だ。 結局、昨夜バスタブから自分を引き上げてくれ…

宮古の4日間(8)ホテルでの死ぬ思い。

ホテル1階の食堂へ通じる廊下。 食堂には同行者はまだ誰も来ていなかった。 トーストと味噌汁、ゆで卵。フリーサービスだ。 昨夜は実際死ぬ思いをした。案外死は身近な場所にあり、案外簡単に死んでしまうのかとも思った。明日の新聞には小さく記事が載って…

宮古の4日間(7)島の焼酎、琉球王朝と豊見親。

ホテルの裏側にある飲み屋街で入った店で夕食。 海鮮料理で美味しかったが、値段も張った。 泡盛、琉球王朝、古酒のように美味しかった。 ホテルの裏側は飲み屋街になっている。車1台が通れる位の狭い路地の両側にはスナックやカラオケ、飲食店の看板が連な…

宮古の4日間(6)宮古の市街地。

5時半の集合時間までには少し時間があり、近くのコンビニまでビールを買いに出た。 メインの通りもコロナ禍で殆ど人の姿がない。 ホテルはこの港近く、市の中心部にある。 バスも空港との間に飛行機の発着に合わせて循環バスが運行されている。郵便局前だ。…

宮古の4日間(5)市内のホテル・アイランドコーラルにチェックイン。

全長約3.5キロの伊良部大橋。通行料を取らない橋では国内最長だ。正面が宮古島。 空港から約30分でホテルアイランドコーラルに到着。入り口のハイビスカスが満開に咲いている。 5階建てのかなり大きなホテルだ。 4階の部屋からの眺望。海は少ししか見…

宮古の4日間(4)下地島空港到着、長大橋伊良部大橋を渡る。

下地島空港着陸。この空港もブリッジがなく、100m程の距離を空港ビルまで歩く。 ビル入り口には真っ赤なハイビスカスが咲いていた。 南国らしい草花だ。 沖縄風のオレンジ色の瓦屋根の空港ビル。 宮古島は殆ど扁平な島で、高い山は見当たらない。良く耕…

宮古の4日間(3)宮古島、下地空港に到着。

ほんの少し富士の山頂が見えたが、暫くして雲の切れ目に出て、下界が見えだした。 この半島の形には見覚えがある。知多半島だ。 ずっと右奥に名古屋があるが、雲間に隠れ、良く見えない。 暫くしてコーヒーのサービスが始まった。 羽田空港から宮古島、下地…

宮古の4日間(2)羽田を離陸。

機はこれから宮古島に向かって、滑走路に向かう。 コロナ禍で空港は空いているのか、定刻よりも少し早目に滑走路に向かう。 ああ、スターフライヤーの飛行機も止まっている。黒が主体で格好良い。 羽田空港が拡張され、今では滑走路からでも海ホタルが見える…

宮古の4日間(1)宮古島へGo!

神田駅のそば屋が日曜日で開いてなく、品川まで出て、ソバを食べる。 今日は久しぶりに京急で羽田まで出た。スカイマーク出発ゲートは空港ビル1階だ。 と言うことは、ブリッジではなく、バスで機体下まで運ばれるのだ。 ゲートオープンまでの暫しの間、同行…

10.12.(日・晴れ)枝束ね。

3連休の中日、当初八王子城址位を考えていて、山さんを誘ったが、後で別の用事を思い出しキャンセル。稲さんとも相談し、今日のハイクは打ちやめとする。NYの先物も大きく下げていて、日経は15000円を割っている。気分的にも遊ぶような浮かれた気分にはな…